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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15356号 判決 1999年5月11日

原告

ブンヤン・センセリ

ほか一名

被告

倉持次雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの申立

一  被告は原告らに対してそれぞれ一〇五五万七五五六円及びこれに対する平成五年六月三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言の判決を求めた。

第二事案の概要

一  自動車が対向車線に進出して、対向車と衝突して助手席に同乗していた被害者が死亡するという事故が発生した。本件は、被害者の相続人である両親が、自動車の名義人に対して自賠法三条の運行供用者責任ないし民法七一五条の使用者責任に基づく損害賠償を請求したものである。

なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

(一) 日時 平成五年六月三日午前零時三六分頃

(二) 場所 栃木県小山市若木町二丁目五番五号先路上

(三) 事故車両 普通乗用自動車(土浦五六ひ三一五九)

(四) 運転者 訴外セクサン・シー・ウォンサー(以下「シー・ウォンサー」という。)

(五) 被害者亡パチャ・センセリ(以下「亡パチャ」という。)

(六) 態様 事故車両を運転するシー・ウォンサーが、速度を出し過ぎたため、対向車線に進出し、対向してきた大型貨物自動車と衝突して助手席に同乗していた亡パチャが、内臓破裂等で死亡した。

2  事故車両の登録名義

本件事故車両の登録名義は、事故当時、被告名義であった。

3  相続

原告らは、亡パチャの相続人であり、亡パチャの権利を各二分の一ずつ相続した。

4  自動車賠償責任保険金の支払い

原告らに対して自賠責保険から金三〇〇〇万円の支払があった。

三  原告の損害についての主張

1  葬儀費用 金一一三万七一五六円

亡パチャの遺体は、同人の遠縁の女性ニタヤ・ドンファンの夫である訴外久保勝紀が小山警察署から引き取り、小山市内の高橋葬儀社で仮通夜をした後、遺体のままタイ本国に空輸した。これらの費用として、高橋葬儀社に対し金八八万二〇〇〇円、日通航空に対して金二五万五一五六円を支払った。

2  逸失利益 金二二五三万七九五五円

亡パチャは、日本で五年間は就労したと考えられるので、その間の所得を平成五年度の二三歳日本人男性の平均賃金年額三二〇万五一〇〇円に基き、五年のライプニッツ係数四・三二九と両親と子供の扶養していた亡パチャの生活費控除を三〇パーセントとして算出すると右の額になる。

3  慰謝料 金二五〇〇万円

亡パチャには、五歳になる実子があることから、一家の支柱として金二五〇〇万円とすべきである。

4  未払給与 金四四万円

亡パチャは、被告の経営する店に給与を月二二万円の約束で二ヶ月間働いたが、その給与の支払いがなされないまま本件事故で死亡した。

5  弁護士費用 金二〇〇万円

6  自賠責保険金の支払 金三〇〇〇万円

7  合計額 金二一一一万五一一一円

四  争点

被告の責任原因の存否が本件の第一の争点である。

なお、被告は、責任原因が認められたとしても、原告の損害について争い、また、好意同乗減額を主張している。

第三裁判所の判断

一  前記のように本件事故車両の登録名義が被告名義であったことから、原告らは、被告に対して自賠法三条の運行供用者責任に基づく賠償を求めている。これに対して、被告は、本件事故車両は平成五年五月三一日に金五〇万円で売却し、同日に引渡しをしたもので、運行供用者には当たらないと主張している。

二  本件事故車両については、その売買契約は、時期に関するシー・ウォンサーの供述ははっきりしないものの、その存在自体は争いがなく、被告とシー・ウォンサーとの間に売買契約が成立し、これに基づいて車両が引渡された事実を認めることができる。これによれば、原則として被告には運行支配を認めることはできない。なお、原告らは、氏名不詳者に対して売買したことについて、名義書換を意図しない無責任な売買行為であると非難する。確かに、この点は、被告本人尋問でも、外国人である買主が誰かほかの日本人の名義にするつもりであったことを知って売買したことを認めており、このこと自体、ある意味で無責任な態度といえなくもない。しかしながら、この事実は、被告の運行支配を基礎付ける事実とは評価し得ない。

三  本件事故車両の登録名義は、平成四年一〇月五日に被告名義となって、事故に至っており(乙第六号証)、また、被告が同年九月二九日に任意保険契約を締結していることから(乙第八号証)、被告本人尋問の、当初は自己の息子に使用させていたが、その後、売却したとの証言は、この限りでは信用できる。したがって、登録名義については、シー・ウォンサーが本件事故車両を買い受ける際に、名義を貸与した事実は認められず、売却した後に登録名義が残っていたに過ぎないものとしか認められない。なお、原告らは代金の一部(五〇万円のうち二〇万円のみ)支払われたに過ぎないことを指摘するが、これも売買契約が成立し、既に引渡しも完了している本件においては、被告の運行支配を基礎付ける事実とは評価し得ない。

四  さらに原告らは、被告は、シー・ウォンサーを実質的に雇用していたものであり、同人が無免許であること等の事実を知っていたことが考慮されるべきであると主張する。被告がシー・ウォンサーを雇用していた事実を認定すべき証拠としては、久保勝紀の証人尋問の結果、同人の陳述書(甲第七号証)、ニタヤ・ドンファンの陳述書(甲第一六号証)及びシー・ウォンサーの帰国後の供述を録取したビデオテープ(甲第二七号証)がある。しかし、シー・ウォンサーの勤務先については、原告らは、当初、地番等を特定して、宇都宮市内にある「パレス」というタイレストランであると主張しており、この点、久保勝紀の陳述書及びニタヤ・ドンファンの陳述書・(甲第七号証、第一六号証)によれば、取調警察官や同僚のタイ人女性に詳しく聞いたとされていたものである。それが最終的には、埼玉県内にあったという主張に変わっている。しかし、シー・ウォンサーは埼玉県から来たことについては事故当初から述べており、また、久保勝紀、ニタヤ・ドンフアンの陳述書(甲第七号証、第一六号証)によれば、被告も事故直後はシー・ウオンサーを雇用していたことを否定していなかったというのである。これからすると、このように店の所在地に関する主張が変わることは不自然であるというべきで、これは、事故後に被告から、右両名に対して、シー・ウォンサーが勤務していた店の話があったことについて疑いを抱かせるものといわざるを得ない。また、この店が、埼玉県内にあったとして、その場所などは明らかにされていない。シー・ウォンサーは、埼玉県内にある店に勤務し、被告がこれを経営していた旨を帰国後に供述しているが(甲第二七号証)、右のように、これを裏付ける事実がないばかりか、他の供述者の供述の信用性にも疑いのある本件においては、この供述のみで、被告が埼玉県において実質的に店を経営し、そこでシー・ウォンサーを雇用していたと認定することはできない。

五  以上の事実を総合すれば、被告の自賠法三条の運行供用者責任を認めることはできず、また、それと同時に、民法七一五条の使用者責任を基礎付けるべき被告とシー・ウォンサーとの間の雇用関係も認めることはできない。したがって、その余について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法六一条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 馬場純夫)

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